埼玉県戸田市を学ぶ!

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戸田市は、埼玉県の南東部に位置し、美しい緑と豊かな水量にあふれた荒川の左岸沿いに延びる面積18.17平方キロメートルの街です。戸田市は入間川(現・荒川)と古利根川によって長い年月をかけてもたらされた典型的な沖積層の平坦地で、気候も温暖なことから古くから農耕にふさわしい土地として知られていました。昭和60年9月に戸田市民待望の埼京線が開通し、新宿まで約30分という便利さになったことと、国道17号・国道17号バイパス・首都高速道路・東京外環自動車道といった幹線道路が市内を通過し、交通の要所ともなっていることから、現状では近代的な住居・産業都市へと大きく変貌を遂げました。

戸田市の場所と特徴

戸田市は、豊かな荒川の流れに抱かれるような形で埼玉県の南東部に位置し、東は川口市、北はさいたま市と蕨市、荒川を挟んで西は和光市・朝霞市、同じく荒川を挟んで南は東京都板橋区に接しています。戸田市を基点とした半径20キロ圏内に、首都圏の大半のエリアが含まれます。消費者や取引先との物理的・時間的距離、従業員の通勤や居住などに有利な立地です。また、若い世代を中心に人口も増えており、産業力の基礎である社員やパートといった人の労働力も豊富です。

埼玉県戸田市の今昔

江戸時代には五街道の一つ「中山道」の要衝「戸田の渡し」が置かれ、舟運などで栄えました。現在も、鉄道交通や道路交通が整備され、高い交通利便性を誇っています。また、市内には、昭和39年(1964年)東京オリンピックのボート競技会場「戸田ボートコース」や、荒川の自然を生かした広大な公園「彩湖・道満グリーンパーク」があり、水や緑を身近に感じることができる環境となっています。

埼玉県戸田市の発展

そうした交通環境と自然環境の良さから、市内には印刷関連産業や食品産業を中心とした製造業や、倉庫や配送センターなど物流加工業を中心として、多くの産業が集積し活発に事業活動をするとともに、働き盛りの子育て世代や都心部へ通勤する人たちを中心に、人口や労働力も安定的に増加しており、活力あるまちとして順調に発展しています。

埼玉県戸田市の市域

東西に細長い形をした市域は、北は浦和、東は川口や蕨、西は朝霞や和光の各市と接し、南は荒川を隔てて東京都板橋区と相対しています。

埼玉県戸田市の道路網

戸田市内に乗り入れている東京外環自動車道から、東北・関越・常磐自動車道に直結。同じく市内に乗り入れている首都高速から東名・中央・京葉・東関東自動車道に直結しています。また、市内を縦断する主要幹線国道17号(本線とバイパス)により、都心部や埼玉県北部へのアクセスも容易です。

埼玉県戸田市のオススメポイント

バリアフリー
市内全域が平坦な地形で、道路舗装もほぼ整備されており、すべての人・事業者にとって移動や運搬が便利です。また、民営の路線バスや公営のコミュニティバスも、駅を経由して縦横に運行しています。
コスト
東京都内やさいたま新都心の中間に位置し、両極に比べれば地価が安くなっています。また、ランニングコストとして無視できない税金についても、戸田市の都市計画税は制限税率を下回る0.2%、更に、人口規模が12万人のため事業所税は設定されていません。
サポート
中小企業振興条例に基づく会議にて、産業活性化を常に研究しています。また、新規の工場立地や設備投資に対して補助制度や、新技術の開発やISOの認証取得に対する補助制度があります。あわせて、情報発信により工業への市民理解醸成を図り、住工共存のまちづくりの実現や、事業環境の向上に努めています。
立地性
戸田市を基点とした半径20キロ圏内に、首都圏の大半のエリアが含まれます。消費者や取引先との物理的・時間的距離、従業員の通勤や居住などに有利な立地です。また、若い世代を中心に人口も増えており、産業力の基礎である社員やパートといった人の労働力も豊富です。
鉄道網
市内に乗り入れている埼京線3駅から、東京駅や新宿駅まで30分前後、北の玄関口大宮駅まで20分。市内地域によっては京浜東北線や都営三田線も利用可能です。また、埼京線の戸田駅と北戸田駅においては区画整理事業に伴って駅前整備が進んでおり、更なる利便性の向上が期待されます。

埼玉県戸田市の名前の由来

戸田という名の由来については、一説では「富田(とみた)」起源を発すると言われています。

埼玉県戸田市の始まり

この戸田に初めて人の足跡が見られたのは、縄文時代の前期末(紀元前約3000年頃)と思われます。鎌倉時代に入ると、鶴岡八幡宮の社領となり、神社や寺院がいくつも建てられました。江戸時代には、戸田は幕府の直轄領となりました。この当時住人の大半は、農民であり、肥沃な土地で武州米が取れたことから“江戸の穀倉地帯”と言われました。また、戸田ガ原は幕府の御鷹場となり、ここで徳川将軍がしばしば鷹狩りを催しました。この後、戸田は昭和16年に戸田町となり、昭和41年には全国で561番目、埼玉県では24番目の市となり現在に至っています。

埼玉県戸田市の産業

江戸時代、交通の要衝「戸田の渡し」があり多くの人が行き交ったとはいえ、蕨宿や板橋宿の中間地点として人が滞在する場所ではなかったことから、戸田地域の商業的発展はいまひとつで、主要産業としては農業でした。その後、近代において川口地域の鋳物産業の関連産業として金属加工業が盛んになり、また、東京オリンピックの頃には都内への物流拠点として倉庫業などが発達しました。そして、東京都内にあった産業が徐々に移ってきて、消費地東京に対して「情報や商品の鮮度」が求められる印刷関連産業や食品製造産業、物流加工産業が集積するようになり、現在に至っています。

戸田市の産業の特徴

戸田市内の工業系事業所の大きな柱が印刷製本関連産業で、板橋区と埼玉県南部地域で形成する印刷業の一大集積地の中心に位置しています。また、もう一つの柱が食料品製造業で、次いで、一般機械の製造、金属製品やプラスチック製品製造などの業種の割合が高くなっています。

現在の戸田市の産業

高度経済成長期に市東部を中心に人口が増え、また、埼京線開通以後はベッドタウンとしての側面が強まり、昭和60年以後、人口は1.5倍に延びました。順調に発展してきた戸田市の産業ですが、土地利用が一巡するなか、大規模な工場等が進出できる土地はなくなり、また、住宅も増える中で、住工が共存する新しい「産業のまち」を目指して取り組んでいます。

埼玉県戸田市の歴史年表

明治
  • 1873 第一大学区埼玉県管内第十一番中 学区美女木村第三十二番小学(現 美谷本小)、美女木村円通寺で開校
  • 1874 下戸田学校、正覚院(中町)で開校。笹目学校(現笹目小)、延命寺 (現笹目神社境内)で開校
  • 1875 正木誓(長野県人)、永井吉右衛門 (下戸田村)等の私財により中山道戸田橋落成(29年県へ移管)
  • 1877 上戸田学校(現戸田第一小)、海禅寺で開校
  • 1889 上戸田村、下戸田村、新曽村合併し、戸田村となる
  • 1907 暴風雨により利根川、荒川など大洪水(「40年の水」という)
  • 1910 戸田尋常小学校開校。就業年限6カ年となる。利根川、荒川筋堤防 決壊、極めて被害甚大となる(「43年の水」という)
大正
  • 1913 戸田村に電燈入る
  • 1920 大正7年から始められた荒川改修 により、現在の堤防が築造される
  • 1923 関東大震災
  • 1924 浦和、蕨、戸田間にバス開通
昭和(戦前)
  • 1932 中山道荒川戸田橋架替え工事竣工。鉄橋の戸田橋(3代目)が完成
  • 1934 国道9号線(後17号線新国道)志村・大宮間開通
  • 1940 第12回オリンピックのための戸田ボートコースが完成
  • 1941 戸田村、町制施行
  • 1942 笹目橋(木橋)完成
  • 1943 笹目村、美谷本村合併、美笹村となる
  • 1944 戸田町人口が1万人を超える(10,105人)
  • 1945 米機による空襲が激化。死傷者が出る
昭和(戦後1)
  • 1947 戸田中学校・美笹中学校開校。キャスリン台風による荒川洪水(この時の堤外地居住世帯113、人口635人)
  • 1949 戸田ボートコースで国体漕艇競技開催
  • 1951 浦和~笹目~川口系統バス開通(東都バス)
  • 1955 美笹村、全村1月新正月実施(それまでは、月遅れ正月)
  • 1957 都バス、国際興業バス開通。戸田町と美笹村が合併、戸田町となる
  • 1958 戸田町に日本最初の母子健康センター設置が決定(翌年開所)。環境衛生日本一で厚生大臣表彰を受ける(下戸田、上戸田地区)
  • 1963 大宮バイパス工事笹目橋起工式が行われる
  • 1964 県立戸田高等学校開校。荒川の新笹目橋完工。オリンピック東京大会開会。戸田ボートコースで漕艇競技が行われる
  • 1965 第10回国勢調査で人口が5万人を超える(5万2311人)
  • 1966 市制施行(県下24、全国561番目)
  • 1967 戸田電話局開局式。埼玉国体が開かれ、戸田ボートコースで漕艇競技が行われる
  • 1968 三領樋門排水場完成(毎秒10トン1基)
  • 1969 全国で初の学童等災害共済制度発足
昭和(戦後2)
  • 1970 新大宮バイパス全線開通。老人医療費給付制度発足。新市庁舎落成
  • 1971 戸田市総合振興計画の基本構想決まる
  • 1972 乳児の医療無料化制度発足
  • 1973 緑化事業の一環として結婚、誕生の記念樹制度が発足。国保10割(世帯主)給付制度発足
  • 1975 バイパス西側に新設バス路線開通。第1回「戸田ふるさと祭り」開催
  • 1976 戸田市総合振興計画第2次5か年計画スタート。市の花サクラソウ、市の木モクセイ制定
  • 1978 新戸田橋上り線が開通(全線開通となる)
  • 1979 戸田、浦和、与野市議会が新幹線の建設容認を決議
  • 1980 通勤新線の新駅決定する(市内3か所)。スポーツセンターオープン
  • 1981 文化会館オープン。戸田市総合振興計画第3次5か年計画スタート。戸田市歌制定。戸田市史発行
  • 1982 東北新幹線・通勤新線工事起工式が行われる
  • 1983 道満グリーンパーク、遊技広場、野球場、キャンプ場などが完成
  • 1984 中国開封市と友好都市締結。市立図書館および郷土博物館オープン
  • 1985 東北・上越新幹線上野駅始発開業する。埼京線開通
  • 1986 埼京線新宿まで延伸
  • 1988 戸田公園大橋完成
平成
  • 1989 道満グリーンパーク全面完成
  • 1992 市内局番が3ケタになる。豪州リバプール市と姉妹都市提携。東京外かく環状道路開通(和光?三郷間)。埼玉県児玉郡美里町と姉妹都市提携
  • 1993 静岡県田方郡戸田村・福島県西白河郡大信村と姉妹都市提携。首都高速板橋戸田線が開通
  • 1996 人口10万人を突破(県下18番目)。市制施行30周年
  • 1998 首都高速埼玉大宮線開通。戸田市都市マスタープラン決定
  • 1999 情報公開制度・個人情報保護制度がスタート
  • 2000 戸田市ホームページ開設。戸田市第3次総合振興計画基本構想決定
  • 2001 戸田市が環境管理のための国際標準規格ISO14001を認証取得。市制施行35周年。コミュニティ・バス「toco」運行開始
  • 2002 人口が11万人を突破。県南4市合併問題で戸田市民が独自のまちづくりを選択。東京臨海高速鉄道りんかい線と埼京線の直通運転開始
  • 2003 国際理解教育推進特区が認定され、小学校で英語の授業を実施
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